前回からの続きのその(2)です。144000人は、神の印を受けたものたち、大いなる悩みの時を無事通過し、キリスト再臨の時に復活した人々と共に天に上げられる人々です。
モーセの歌は、出エジプト記15章に見ることができますが、結論としてこの歌は全ての出来事が終わった時に歌われるものという概念があります。この歌は黙示録14:3に記されている通り、144000人しか歌うことのできない新しい歌です。これは経験の歌であり救出の歌です。
*黙示録15:3-4
3 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。
4 主よ、あなたをおそれず、御名をほめたたえない者が、ありましょうか。あなただけが聖なるかたであり、あらゆる国民はきて、あなたを伏し拝むでしょう。あなたの正しいさばきが、あらわれるに至ったからであります」。
要約としては、「あなたの道は正しく、かつ真実であります。」と彼らは歌っています。
⚫️モーセの歌の背景。
しかしながら、全ての出来事が終わった時に歌われる歌のようですが、モーセの歌の背景を調べ、どのように私たちと関わりがあるのか、研究しなければなりません。モーセの歌は申命記に詳しく歌われています。
*申命記31:21
21 こうして多くの災と悩みとが彼らに臨む時、この歌は彼らに対して、あかしとなるであろう。(それはこの歌が彼らの子孫の口にあって、彼らはそれを忘れないからである。)わたしが誓った地に彼らを導き入れる前、すでに彼らが思いはかっている事をわたしは知っているからである」。
21節にある通り、「多くの災と悩みとが彼らに臨む時、この歌は彼らに対して、あかしとなる」歌なのです。
従って、将来の成就として、来る大いなる悩みの時にこの歌があかしとなるのです。
*申命記31:22-24-26
22 モーセはその日、この歌を書いてイスラエルの人々に教えた。
24 モーセがこの律法の言葉を、ことごとく書物に書き終った時
26 「この律法の書をとって、あなたがたの神、主の契約の箱のかたわらに置き、その所であなたにむかってあかしをするものとしなさい。」
律法の書としてにモーセの歌は書かれましたが、それは契約の箱の側に置かれました。それほど尊いものでありました。
*申命記31:14、30
14 主はまたモーセに言われた、「あなたの死ぬ日が近づいている。ヨシュアを召して共に会見の幕屋に立ちなさい。わたしは彼に務を命じるであろう」。モーセとヨシュアが行って会見の幕屋に立つと、
30 そしてモーセはイスラエルの全会衆に次の歌の言葉を、ことごとく語り聞かせた。
*申命記31:16
16 主はモーセに言われた、「あなたはまもなく眠って先祖たちと一緒になるであろう。そのときこの民はたちあがり、はいって行く地の異なる神々を慕って姦淫を行い、わたしを捨て、わたしが彼らと結んだ契約を破るであろう。
モーセが死んだ後、彼らはカナンの地に入っていくが、姦淫を行う、つまり背教してしまうことはすでに神はわかっておられました。神を捨て、結んだ契約を破ることも予告されていたのです。
黙示録14:8、黙示録17:1-6には、背教のことが描かれています。地の王たちは、大いなるバビロンである大淫婦と姦淫のぶどうに酔いしれ、この女が聖徒の血とイエスの証人の血に酔いしれている、という描写でヨハネは記録しています。これは過去、現在と未来の状況が含まれていますが、明らかにこの世と妥協し神を捨てたことがわかります。
*申命記31:17
17 その日には、わたしは彼らにむかって怒りを発し、彼らを捨て、わたしの顔を彼らに隠すゆえに、彼らは滅ぼしつくされ、多くの災と悩みが彼らに臨むであろう。そこでその日、彼らは言うであろう、『これらの災がわれわれに臨むのは、われわれの神がわれわれのうちにおられないからではないか』。
*神の怒り=黙示録14:9-10 15:1
9 ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、 10 神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。
15:1 またわたしは、天に大いなる驚くべきほかのしるしを見た。七人の御使が、最後の七つの災害を携えていた。これらの災害で神の激しい怒りがその頂点に達するのである。 神は彼らを見放される。
*ー悩みの時 黙16:1
それから、大きな声が聖所から出て、七人の御使にむかい、「さあ行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に傾けよ」と言うのを聞いた。
ということで、申命記のモーセの歌はこのように黙示録と密接に繋がって、終わりの時を示しています。
また七つのラッパを見てみましょう。
*黙11:14-19
14 第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。 15 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。 16 そして、神のみまえで座についている二十四人の長老は、ひれ伏し、神を拝して言った、 17 「今いまし、昔いませる、全能者にして主なる神よ。大いなる御力をふるって支配なさったことを、感謝します。 18 諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。そして、死人をさばき、あなたの僕なる/預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」。 19 そして、天にある神の聖所が開けて、聖所の中に契約の箱が見えた。また、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴と、地震とが起り、大粒の音が降った。
天の至聖所の契約の箱の中には、
十戒と律法の書があります。
それにはモーセの歌がかかれています。
イエスが天の聖所に入られたのは
1844年10月22日でした。SDAが最も注目する日ですが、SDAはこの日からモーセの歌を歌っているべきです。この三天使のメッセージを宣言しているに違いありません。これが私たちの使命です。
*申命記31:26
「この律法の書をとって、あなたがたの神、主の契約の箱のかたわらに置き、その所であなたにむかってあかしをするものとしなさい。」
(英文聖書訳26 この律法の書を取って、あなたの神、主の契約の箱の脇に置き、あなたに対する証拠としてそこに置いておきなさい。)
モーセの歌は、32章に続いています。
31:30から・・・
*申31:30
30 そしてモーセはイスラエルの全会衆に次の歌の言葉を、ことごとく語り聞かせた。
*申32:1、44
1 天よ、耳を傾けよ、わたしは語る、地よ、わたしの口の言葉を聞け。
44モーセとヌンの子ヨシュアは共に行って、この歌の言葉を、ことごとく民に読み聞かせた。
今日、牧師たちから申命記32:1は聞かれません・・・・・
モーセの歌は一般的な歌とは違うのです。
それは「教理」です。そうでなければ契約の箱に入れられるでしょうか。
聖なるものです。
この教理が発行(英文では”Publish”でした)されたのはいつでしょうか。
雨の降る時(先の雨と後の雨)と言えます。
*申32:1-3
「天よ、耳を傾けよ、わたしは語る、地よ、わたしの口の言葉を聞け。 2 わたしの教は雨のように降りそそぎ、/わたしの言葉は露のようにしたたるであろう。若草の上に降る小雨のように、/青草の上にくだる夕立のように。 3 わたしは主の名をのべよう、/われわれの神に栄光を帰せよ。
露と小雨、夕立=黙18:1-4=「大いなる叫び」です。
1この後、わたしは、もうひとりの御使が、大いなる権威を持って、天から降りて来るのを見た。地は彼の栄光によって明るくされた。 2 彼は力強い声で叫んで言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。そして、それは悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の巣くつとなった。 3 すべての国民は、彼女の姦淫に対する激しい怒りのぶどう酒を飲み、地の王たちは彼女と姦淫を行い、地上の商人たちは、彼女の極度のぜいたくによって富を得たからである」。 4 わたしはまた、もうひとつの声が天から出るのを聞いた、「わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。
つまり、モーセの歌は 「大いなる叫び」であり、「3天使のメッセージ」です。
これを再臨信徒は叫ぶのです。
①1844年10月22日、獣の刻印を正しく理解しないならば、
②キリストの再臨も理解できないでしょう。
EGWは、終わりの時(今後)み言葉を学ぶ人は、私たちが何十年も習ってきた事柄を数ヶ月で学ばなければならない、と言っています。(Testimony, Vol6. p.67)
どのようにして可能になるか、わかりません。おそらく神は奇跡を起こされると思いますが、本当に時が短くなっています。私たちはさらに熱心にならなければならないという意味です。
サタンはそのことを知っているので邪魔をするでしょう。真理を学ばさせたりしないようにするのです。しかし神のバックアップがあります。時間は自分で意識して作らねばなりません。言い訳をする人は取り残されていきます。
主のお導きをお祈りします。
アーメン!!
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