聖書と食べ物の観点から読むと、興味深い。
神の創造の6日目をみてみましょう。
創世記1章
27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
29 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。
30 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。
31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
神は、6日目に人を神のかたちに似せて創造されました。
29節では人の食べ物として野菜、木から取れる実が与えられたことがわかります。
また、動物たち、すべて命あるものにも、「青草を与える」と書かれていますが、
罪が入る以前はこれが基本でした。
さて、罪が入った時点を考えると、エバはサタンの詭弁によって騙され、空腹
でも無いのに、知識の木の実を食べてしまった。サタンの詭弁を耳で聞いて、目で見て、
頭で考え、心で食べることを選択しました。こうして罪が人類に入りました。
ノアの洪水以降、肉食が許された。洪水で植物が地表から無くなったためでした。
暴虐が地に満ち、神は地上から人類を一掃されました。しかし120年の伝道にも関わらず、救われたのはノアの家族のわずか8名だけでした。
米国のある調査によると肉食をする人々はどうしても攻撃的になりやすいということを見出しています。問題の多い学校のカフェテリアのメニューを変えて実験した科学者がいたり、また牢に入っている犯罪者たちの食事を変えたり、さまざまな食と性格の実験が行われています。
出エジプトでは、食べ物のことでつぶやき、肉食を求めた人々は、大勢命を失う結果となりました。
ヤコブとエサウの話も、食べ物に関しています。つまり、エサウは食べ物と自分の長子の権を交換するという愚かなことをしました。
月日は過ぎ、ダニエルの時代、イスラエルの王国は失われ、バビロンに捕囚となり、ダニエルとその仲間3人も連れていかれました。最初の試練は食べ物でした。
しかし彼らは、神の原則を理解していましたので、10日間野菜色を願いました。結果は彼らの世話をする宦官も認めざるを得ない、良い結果となり、さらに神は彼らを祝福されました。
日本人が他国人と比べて穏やかなのは、本来野菜中心の食生活であったからではないだろうか、と思います。あまり変なもの食べないし。
残念ながら、近代においては西洋文化に影響され、結果世界の状況に負けず劣らず病気が蔓延するようになり、大勢が間違った食生活のために病に倒れ、命まで失う結果になっているということは否めない事実です。
アーメン!!
アクセスありがとうございます。
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